どうも、アラジンです。

関ジャニ∞の横山裕さんの弟、横山勤(つとむ)さんを紹介したいと思います。

前回の記事では横山裕さんの生い立ちを紹介し、裕さんと2人の弟は父親が違うということをお伝えしました。

今回紹介する勤さんは、3人兄弟の2番目です。


結婚式の際の感動のエピソードを交えて、勤さん視点から育った環境をお届けしたいと思います。

それではどうぞ!

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横山勤さんの生い立ち


横山勤さんは1987年に生まれました。

現在29歳。


生まれてから兄の横山裕さんとは

別々に暮らしていたため、

しばらく自分にお兄ちゃんがいることが

わからなかったそうです。


両親からの愛情をたっぷり受けて

育った勤さんは、

ご両親の第一子として大事にされ

すくすく育ちました。



そして勤さん誕生の2年後、

弟の充さんが誕生しました。



兄弟仲良く育った2人ですが

兄の裕さんとは他人のように

接していたようなんですね。



想像するだけで涙が出てきます。




その後、勤さんが小学校の時

大好きだった祖父が他界しました。



そのことで兄の裕さんが戻ってきて

同居が始まります。



やはり最初はしばらく距離を置いていたようですね。


裕さんが家に戻ってきてから、

父親の態度が変わってしまいます。


裕さんは戻ってきてすぐから

父親による虐待を受けていましたが、

ある日をを境に自分にも被害が及ぶようになりました。


父親のストレスからの行動だったのだと思います。



その変わりように勤さんは

どうすることもできず、泣く毎日でした。



しかし、そんな弟を見ていた横山裕さんは

弟を守るため、自分に目が向くように

振る舞っていたと言います。




そのおかげで自分には被害がなくなり

安心した日々を過ごせたということです。




このエピソードを聞くと

横山裕さんがあまりにかわいそうになり

涙が出てきてしまいます。



そして兄弟3人は社会人になり、

それぞれの道を歩むことになります。

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横山勤さんの記憶喪失


社会人になり、仕事も決まり

「さあこれから親孝行だ」と思った矢先

横山勤さん23歳の時に母親が急逝してしまいました。


スーパーへ買い物に出かけた際に

「虚血性心疾患」を患い、

そのまま倒れてしまいました。

病院での治療もむなしく、そのまま他界。



勤さんは母親が大好きで、

この事実を受け止めることができず、

あまりのショックから

「解離性健忘症」になってしまいました。


一時期の記憶がすっぽりなくなる病気ですね。




幸いすべての記憶がなくなったわけではないので

日常生活には支障がほとんどなかったようです。




そして心配していた兄の横山裕さんは

毎日のように勤さんの側にいたそうです。



その力が働いたのか、勤さんは

無事すべての記憶を取り戻しました。





その後、ショックから立ち直った勤さんは

無事社会復帰をし、

フィアンセができました。

横山勤さんの結婚式


勤さんは結婚の報告をまず兄の裕さんにしたそうです。


「兄貴、俺結婚するわ。でも、お金ないから式は挙げないよ」


こう言ったそうなんですね。


経済的に結婚式を挙げるのが厳しかったため、

奥さんと話し合った結果

式を挙げない方向で話を進めていました。




しかし、その報告を聞いた裕さんは怒ります。


「金はなんとかするから、式挙げろ。

 お前はいいけど、奥さんの為に式挙げろ」


こう言ったそうなんですね。


なんてカッコいい兄貴でしょうか。

以前より横山裕さんは

弟の父親代わりになっていて

こういった人生のアドバイスを

常に送っていたと言います。



それを聞いた勤さんと奥さんは

結婚式を挙げることにしました。




結婚式では、勤さんから裕さんへの

感謝の気持ちをつづった手紙が読まれ

裕さんは号泣したそうです。

非常に素晴らしい結婚式になりました。




現在も兄弟3人の仲は非常によく、

絆が強い兄弟ということです。



素晴らしい兄弟像だと思いますよね。



これからも兄弟仲良く支えあいながら

幸せになってもらいたいと思います。

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